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筑波大生のあれやこれ。

   

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「楽しいことがしたいなら、楽はしちゃダメだと思うよ。」

というのは甲本ヒロトの言葉でございます。
確かに楽をすることが楽しさに繋がるわけではない。つまらなくもないかもしれないけれど、本当に感動を伴うような楽しさにはたどり着けないと思う。
でも楽しいとか楽しくないとか、一体誰が決めるのか?
他人にそれを決めることは出来るのか?

思うに高校時代の部活で問われてたのはそういうことだったのかもしれない。
つまり「空気」は作れるものなのか、作られるものなのかということ。
1つの価値観、1つの楽しさのもとに集団は統率されうるのか。
もしくは複数の価値観をどうまとめ上げるのか。

自分は小学校1年生の時から少なくとも週3回、2~3時間は陸上をやってきているから、練習があるのが日常で無いのが非日常で。毎日陸上のことを考えて、毎年自己ベストを更新するのが日常で。それ以外は考えられなくて。
でもそんな人間の方が圧倒的に少ないんだと、人が多いところにいると再認識させられる。練習が非日常の人だっている。他のことを犠牲にしてまで練習をしない人もいる。
欠席にうるさくないのも、共通メニューが少なめなのも、自由裁量の枠を広げるためだろうと思う。やる人はやればいいっていう冷たそうな扱いも、実際それが一番合理的だし、それが一番ありがたく思う。
楽しさも、勝ちも、人によって意味が変わるから、自分の意味を押し付けることは出来ない。自分の価値を追求して、自分の楽しい陸上をするのは、自分の世界で閉じてる話。
だから大学ではおとなしーく走ってる。前はあーだこーだ理屈をこねて走っていた気がするけど、今は全部内省になって、あんまり外に発しなくなってしまった。聞かれたら答えるだろうけど、自分からは言わなくなってしまった。「発見する楽しみ」を奪いたくないっていう綺麗事もあるけど、そもそも求められてるものなのかってのもある。

集団をまとめ上げる方法について結構考えるけどやっぱり答えは出ない。
ただ思うのは空気を作ることを求めるのは難しいだろうなということ。
空気は勝手にできるものなんだろうなということ。
自分が「親に宿題やりなさいって言われたらやる気なくす」系のガキンチョ思考残ってるからそう感じるだけかもしれないけど、強制から楽しさは生まれづらいとは思う。
ある集団がそもそも1つの目標に向かうものとして作られているのだとすればそれは統率されうるだろうけど、そういうものとして作られていないのならば複数の価値観を許容する器が必要となる。各々がやりたいようにやるのも1つの解答ではあるのだろう。
どんなやり方にせよ歪は生じうるものなのだろうけど、それを暗黙の内に、最善の方法と信じこませてやっていくしかないのだけど。

高校時代に落っことして、大学に来てから拾おうと思ったものは記録だけじゃないのかもしれない。
答えを求めてもがいてた時期も無駄じゃなかったと思いたい。
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プロフィール

HN:
KANI
年齢:
33
性別:
男性
誕生日:
1992/05/11
職業:
学生
趣味:
陸上 ゲーム アニメ
自己紹介:
筑波大学に通っております。
同好会で陸上をする傍ら学業をしています。
スポーツに関わりたいと思いつつどういうアプローチをすればいいのか模索中。
一人でいることが多いですが寂しくなんかないんだからね。

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